宮本百合子2

 きょう、わたしたち女性の生活に文化という言葉はどんなひびきをもってこだまするだろう。文化一般を考えようとしても、そこには非常に錯雑した現実がすぐ浮び上って来る。このごろの夏の雨にしめりつづけてたきつけにくい薪のこと、そのまきが乏しくて、買うに高いこと。干しものがかわかなくて、あした着て出るものに不自由しがちなこと。シャボンがまた高くなったこと。夏という日本の季節を爽快にすごすことも一つの文化だとすれば、多くの女性の生活には、文化らしいものさえもたらされていない。雑誌のモードは、山に海にと、闊達自由な服装の色どりをしめし、野外の風にふかれる肌の手入れを指導しているけれども、サンマー・タイムの四時から五時、ジープのかけすぎる交叉点を、信号につれて雑色の河のように家路に向って流れる無数の老若男女勤め人たちの汗ばんだ皮膚は、さっぱりお湯で行水をつかうことさえ不如意な雑居生活にたえている場合が多い。
 その半面、このごろのわたしたちの生活は、決して戦争時分のように、どっちを向いても食べているのはおたがいに大豆ばかりという状態ではなくなっている。おいしそうに見事な果物や菓子が売り出されている。きれいな夏ものが飾られ、登山用具はデパートのスポーツ部にあふれている。軒をならべた露店に面して、よくみがかれた大きいショーウィンドをきらめかせているデパートはすべてが外国風な装飾で、外国人専用のデパートの入口には外国の若い兵士が番をしている。その入口を出て来る人の姿を見ていると、あながち外国人ばかりでもなくて、大きい紙包を腕にかかえた日本の女もまじっている。そういう日本の女のひとたちは、どうしてあんなに、わたしはみんなとちがいます、という風な愛嬌のない、きれいさのない顔つきをして通行人にたち向わなければならないのだろう。その表情を見るような見ないような視線のはじにうつしとって、瞬間の皮肉を感じながらゆきすぎる男女の生活は、日々の勤勉にかかわらず三千七百円ベースの底がひとたまりもなくわられつつある物価の高さによろめき、喘いでいるのだ。

 今からもう二十一二年昔、築地の方に、Sと云う女学校がありました。その女学校の一年の組に、政子さんと芳子さんと云う生徒が居りました。私はこれから此の両人と、両人のお友達だった友子さんと云う人との間にあった事を皆さんに聞いて戴こうとするのです。
 政子さんと芳子さんとは、従姉妹同志で、小学校の時分から、一緒の家に住んでいました。政子さんのお父様は立派な学者でしたが、体がお弱くて、早くお没なりになり、お母様も直ぐ死んでおしまいになったので、まだ小さい政子さんはたった一人ぼっちの可哀そうな子供になってしまいました。そこで、伯父様に当る芳子さんの御両親が、自分の子のようにして、育ててあげて来たのです。
 政子さんは、何でも芳子さんと同じにして大きくなりました。同い年で小学校を卒業し、同い年で同じ学校に入り、両人は真個の仲よしで行く筈なのでした。
 芳子さんは、政子さんが、自分よりは可哀そうな身の上であるのをよく知っていましたから、いつも同情して政子さんの為に成るように、政子さんが幸福に楽しく暮せるようにとばかり、気をつけていたのです。
 こうして両人ともほんとうの子供だった時、何の不平もなく何のいやな事もなく過ぎていました。けれども段々大きく成って来ると、両人とも今まで知らなかった沢山の事を知るように成って来ました。先は、ちょっとも悲しい事でなかった事が、此の頃は大変悲しく感じられたり、先は綺麗と思った事もない花が、急に美くしい立派なものだと分って来たり――誰でもそう云う時がございますね、両人とも段々そう云う時に成って来ました。
 そうすると、今までは別にそれ程に思わなかった、自分は孤児だという事を、政子さんは此上なく寂しく辛く感じるようになりました。勿論両親のないと云う事は、真個に不幸な事です。けれども、もう死なれてしまった方がいらっしゃればよいと、いくら泣いても怒っても、仕方のない事ではありませんでしょうか。

 みや子は好奇心を動かされた声で、
「何でございましょう」
と傍の夫人に訊いた。夫人は、みや子を私かに苦しめている無気力の優美さで膝の上に置いた手の位置も換えずに答えた。
「きっと焼物でございましょう。――殿方はお娯みも多くてお仕合わせでございますことねえ」
 勢、会話は陶器と無関係な方向に流れた。彼女等はぽつぽつ近頃流行の婦人の水泳、乗馬、舞踏などの話をした。何を話し出しても夫人は、
「私共のようになりましてはねえ」
と微に眉を顰めるばかりである。到底全心を打ちこめない弱々しい殆ど退屈な会話の傍ら、みや子の注意は卓子の前にいる良人と子爵とに向けられた。二人の前には珍しい深紅色に光る皿が一枚出ている。みや子は、うっかり黙り込んだ自分を見出し、元気をとりなおして新たに話の緒を見出した。彼女は気候の話から、子爵夫人に旅行をすすめた。
「これから関西はさぞよろしゅうございましょうね。晨子さまの御仕度かたがたお揃いで京、大阪にお出かけ遊しませ。――よいお思い出でございましょう」
「それほどに致しませんでも、これで暫くところが変りますとね。当分はそれどころでもござりますまいが。――けれど、あいにくこれといって手頃な別荘もございませず……」
 みや子は訝しげに夫人を顧みた。